時間というもの

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時間というもの

この雑感の「一個所5分」のところにも書きましたが、私たちの時間に対する価値観というのは、なかり特異というか、歪められているというか、そういう風に感じる時が多くあります。レイキを続けていると、そういうことを身にしみて感じることがあります。

何かをやるときに「早いほうがよい」「速く進むほうがよい」「早く終わった方がよい」というのは、無意識的に私たちの生活の中に染み渡っている価値観です。この考えがスタートするのはやはり集団生活で、いつの間にか「早い=良い」「早い=優秀」という価値観を子供に植え付けているからです。そしてそれは同時に「遅い=悪い」「遅い=無能」というレッテルを他の人に貼ってゆくことにもなります。子供が何かをするのに時間がかかると「この子はなんてのろまだろう」とか「グス」だとか、「頭が悪い」とか、大人は直ぐにそう思ってしまいます。

大人になって人生を振り返ってみれば、過去になにか物事が早く進んだから良かった、ということが本当にあったと思いますか?私はほとんどないと思います。時間がかかったらそれは本当に良くなかったということがどれだけあったのでしょうか?自分が何かを始めて、非常にパッと出来てしまった、それって何か得るものが多かったですか?簡単に早くできてしまうものは、おそらく自分に対する影響も小さく、記憶もあっという間に薄れてしまってはいないですか?

本来は時間というものは、宇宙のリズムです。地球が太陽のまわりを回り、自分で自転し、月が地球のまわりを回りと、それらが私たちの生命に組込まれた時間のリズムです。自分で感じることの出来る時間の最も重要な要素は、朝起き、夜寝るという一日の流れです。宇宙のリズムを感じて生きて行ければ、本来は一分や、一時間なんて単位はあまり大事ではないのでは、っと私は思うのですが。

それから時間の流れというのは人によって全く違います。同じ行為を行っても、それを行うスピードは人によって全く違うのです。歩く速度も違うし、字を書く速度も違うし、考える速度も違います。目をつぶって5分たったら目を開けなさい、といわれたら、それはその人の肉体的・心理的な状態で大きく個人差が現われます。人の自身の中では、時間の流れは個人個人で違うのが自然なのです。同じ人でもTPOで時間の流れは全く違います。1人1人の中ではその人特有の小さな宇宙があるからなのです。本来の有機的な時間は、先述の宇宙のリズムをベースにした大宇宙の時間の中に、各個人の小宇宙の時間が絡み合って成り立っているのではないでしょうか。

なぜ時計というものがあるのかといえば、それは社会生活のためです。各自の中には小宇宙の時間のリズムがありますが、それは一人一人違っていますから、共同の社会生活を営むためには不都合が生じることがあります。そのために、小宇宙のリズムと独立な時間のスケールが必要になってきます。本来はバラバラである各自の時間のスケールを、一つの尺度に強引に合わせようとしているわけです。これは社会生活を営むためにはある程度はやむを得ないでしょう。

この社会時間だけでしたら問題はありませんが、これに価値観が結びついたのが今日の問題点です。これはおそらく商業的なものが原因かもしれません。つまり時間がかかるほど経費がかかるということです。時間が少なければ人件費がかからず、光熱費も少なくなる。同じことをするのに長く時間がかかれば、それだけもうけは減りますから。(本当は、厳密には別な人が同じことをするなんてあり得ません。単に、商業的に同等な結果を生むという意味ですが。)速いほうがよい、早く終わった方がよい、というのはやはり近代的な商業社会が生み出している価値観だと思います。

そして、もっと直接的には子供が「競争」を体験させられることによって、この時間の価値観の洗礼を被ります。幼稚園ではそういった競争は避けている園もありますが、小学校に入れば100%、頭の天辺から足の先まで競争で染められます。もし時間内に何かできなければ、劣等感を植え付けられるし、テストでも時間制限があります。もちろん、人に何かを約束したら期日までに完了してあげるという社会生活に必要な面は必要ですが、現実はそれを遙かに超えています。私たちの「早く終わった方がよい」という価値観は小さい子供の頃に植え付けられたものなのです。そして、この価値観を一生自分自身に適用してしまうと、おそらくは辛いことになると思います。

とっ、この様に書くと私が時間に寛容のようですが全然そんなことはありません(笑)。駅で機械で切符を買うときに、前の人がモタモタしていると即座にイライラ来ます。最近はSuicaのおかげでイライラがなくなりましたが(笑)。それから、駅周辺で自分の前をゆっくりと歩いている人にもイライラします。電車も数分以上は待つのが苦痛です。東京育ちはこうなるんでしょうか。でもセラピーやヒーリングをしているときには、相手の小宇宙のリズムに心地よく同調できます。

私たちは、決まり事の時間、植え付けられた価値観の時間、損をしているという恐怖感の時間、そういった「時間」を忘れて、自分の体や生活のリズムに自然と、任せて従った時に、自分が持っている力が発揮できるのだと思います。「遅い」とか「早い」を忘れて、毎日のその日にちゃんと取り組んでゆけば、案外と物事はドンドン進んでゆく場合が多いのです。レイキの習得もそうです、スタンダードポジションもそうです。「時間」の奴隷になってはいけません

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