魂の進化 道具の進化

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日本の神道は無形な形で生きている

伝統霊気を通して、日本の文化の勉強をすることになってしまい、神道の事を少し勉強しましたが、これが思っていた以上に私達日本人の生活とか価値観に深い深い影響を与えていることに驚きました。普通の日本人に「神道って何ですか?」って聞いても、ちゃんと答えられる人は非常に希だと思いますが、そういう人でも日常の生活のどこかで神道の影響を強く受けているはずです。日本人の場合、自分自身達の事が自分たちでは良くわかっていない(分からないようにさせられた)とも言えます。

伝統霊気 V.S. 西洋レイキ

その一つとして、道具を進化させるか、自分を進化させるかという違いです。伝統霊気の場合は、技法はシンプルで、あくまで補助で、真の力は自分にあるという根本を大事にしています。しかし、西洋レイキは、どちらかというと技法が主人公で、技法を発達・複雑化させる事で効果を出そうという違いがあります。

これがまさに神道的な側面と合致しているというか。神道では人生の目的は、一人一人が持っている魂を育て進化させ、霊性を高めることにあるとしています。だから、道具を発達させて効果を出すよりも、自分を高めて効果を出す方が、神道的には高い価値があるのです。

そもそもレイキの場合は、物質的なものではないので、下手に技法を凝らして効果を上げようとするよりも、自分を高めて効果を出そうとした方が、早く高い効果が見込めます。西洋レイキでは、シンボルを神聖化したりして大事な部分が自分の外に行ってしまうことがありますが、これは神道的には完全に本末転倒。だから、西洋人が自分たちのやり方だけで、レイキを使っても100%の本来の力が発揮されるとは限りません。

弓道 V.S. アーチェリー

これを弓道とアーチェリーの関係で見るとさらにわかりやすいです。
アーチェリーは道具を工夫して、道具を改良することで的中率を上げようとします。洋弓には、なんだかんだ色々な付属物がくっついています。自分のスキルは大事でしょうが、道具が非常に大きなウエイトが占めるようになります。アーチェリーは当てることがその目的、つまりスポーツ・競技・娯楽です。
一方で、弓道は完全に神道的なんですね。つまり、道具をいじくって的中率が上がっても、それはその人の霊性とは何の関係もないから、そんなことして的中率を上げてみて、まったく意味がない。もちろん、当たる方が良いわけですが、それはその人の人間的なスキルによって達成されてこそ意味がある。だから「道」なんですね。
弓道の道具は上級者が使うものは、全部が竹、皮、麻、籐で出来ています。全部昔のままです。江戸時代のものと現在の弓道は道具に関しては違いはありません。

紙と木の文化

日本の道具といいのは一般的に素朴ですね。木、紙、竹、麻、陶器(土)です。弓道、書道、柔道といった「道」のつく世界で、道具を進化させることはほとんどしないで、人間のスキルをアップすることにその主眼があるのは、私達が原始的だったり、未開発だったり、野蛮だったり、遅れているわけではなく、精神性を高めること、霊性を高めることがこの人生の目的だからという、まさに神道的な考えがその根底にあるのです。

戦争でも

戦争しても、機材やテクノロジーではなくて、最後は精神性・忍耐・気合い・根性で戦い抜くというのは原始的とか、後進的とか、そういうことじゃなくて、私達が数千年にわたって育んできた神道的な考え、そして武士道的な考えから発生しているのです。時代劇なんかで、相手が「短筒(拳銃)」をとりだしたら「卑怯なり!」って言うのもそういった背景があると思います。もちろん、戦争に関しては、それでは負けてしまいますし(証明済みです)、弓道にしたって、的中率をアーチェリーと同じ経験年数の人が争ったら、確実に負けてしまうと思います。西洋的な考えでは、それを「劣っている」と考えますが、そうではないわけです。

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