雑感: お金というもの

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香りの森
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仁科のお金論

私のお金体験

レイキをやったり、スピリチュアルな分野に関わったりする以前は、お金がどういったものなのか、考えてみることも、感じることも何もありませんでした。以前の仕事では、巨額の予算を扱うことがあっても、お金と直接の関わりはなく、給料も振り込みでした。

僕がお金に対して最初の気づきがあったのは、始めてアロマトリートメントをして、お客様から直接に紙幣をいただいたときです。もちろん学生時代にアルバイトをしてお金をもらったことはありますが、ある個人に対して何かをして差し上げて、喜んでもらって、直接お金をもらったのは生まれて初めてでした。今でも、思い出しますが、本当に嬉しかった。まだまだ未熟な自分の技術でも、喜んでもらえたこと自体も嬉しかったですが、それに対して、手渡しでお金をいただけたというのは、ものすごく特別なことに感じました。そして、トリートメントの直後に、そのお金でカフェで飲んだコーヒーは、また特別な爽快感がありました。「これが人様からお金をいただくということか」とつくづく感慨深いものがありました。すでに社会人になった後だったので、余計に新鮮に感じたのだと思います。

日本人とお金

日本人はお金に対しては、一部潔癖な部分もあります。ある程度の額になる場合は、裸で渡すというのは失礼と考える場合もありますね。海外では、お金をわざわざ綺麗な封筒に入れて渡すなんてことはしません。あれは日本人の美学でしょうか。江戸っ子は宵越しのお金は持たないとかありますが、ただ、本心は日本人も外国人もお金に関しては同じように思えます。本来は、ある程度以上のお金があれば、幸せに暮らせるはずですが、人間の欲が限りないという点が、お金に端的に表れてしまうんですね。

お金にはいろいろな意味があると思います。

お金はエネルギーを物質化したモノ

レベル3で教えさせていただいている「日常のエネルギーの交換」という意味では、お金というのはエネルギーを物質化させた状態と捉えることが出来ると思います。レベル3では、人→物のエネルギー、物→人へのエネルギーという形を教えますが、お金はこの「物」の部分をエネルギーではなく、数値という物質的な指標に置き換えたモノといえます。「エネルギー」という形態では、全員がそれを理解できるわけではありません。「エネルギー」という抽象的・直感的な形態ではなくて、誰にでも分かる「客観的」な形態として、お金があるわけです。
前述の私の経験では、私がトリートメントをしてさしあげた、ということに対して、相手からその感謝として物質化した物がお金として手渡されたということになります。エネルギーも他の物へ転換できますが、お金の場合は他の物やサービスに転換するのが非常に容易です。

もう一歩進んで考えると、お金というのは、いただいた物やサービスに対して、それを作った人あるいはそれを提供した人の生活をサポートするために、補助・援助として感謝とともにあげるモノということになります。

レベル3を受けてない方には、この文章の「エネルギー」の意味が分かりにくいと思います。ここで言っているエネルギーとはレイキも含みますが、「受け取ることで、何らかの変化を起こす」ものです。ポジティブなエネルギーとは「受け取ることで、怒りが静まる、不安が軽減する、感謝が生まれる、やる気が起こる、親切にしたくなる」エネルギーです。ネガティブなエネルギーとは「受け取ることで、怒りが生まれる、恐怖や心配を起こす、嫉妬や妬みが起こる、やる気がなくなる、虐めたくなる」エネルギーです。

対価交換は幻想

ただし、お金を「対価」として考えると、非常に貧しい心になる場合があります。
お金はエネルギーを物質化したモノと考えますが、[エネルギー]→[お金の額]に変換する場合に、エネルギーにもいろいろな意味があるし、変換の仕方も様々なんですね。同じ物やサービスでも、ある人には100円の価値しかなくても、別の人には1000円の価値があるかもしれないからです。高額な講習を受けても、ある人にとっては大して役に立たなかったり、逆に安価な講習であっても、非常に価値を生み出したりと。僕の場合はアロマテラピーはちゃんとした学校に通いましたから、投資としては150万円ぐらいありました。僕の受けた西洋レイキの講習は、レベル1~3のトータルで6万円ぐらいでした。今現在、どちらが利益があるかというと後者が圧倒的です。ただ、じゃアロマを勉強しなくてもよかったかというと、それも必要なプロセスでした。ですから、金額というのは実は、極論を言ってしまえば、客観的な基準なんてないのです。なぜなら、私達が行っているのは対価交換ではなくて、エネルギーの交換だからなんです。

私達は、日常あまりにもお金の額に左右さてしまって、支配されしまっているので、感覚が麻痺している部分が大です。私達は、物事の価値をそれを金額に換算した多い少ないで判断する傾向がありますが、それは本質ではないということを忘れてはならないと思います。お金はその絶対的な金額は、それほど意味がない場合があるのです。

もちろん、その時点で使えるお金は限りがありますので、金額が気になる場合もありますが、その裏では、常にエネルギーの交換ということが起こっているのに気がつく必要があると思います。そして、その金額で一喜一憂するのではなくて、長い目で見た効果、エネルギー交換による変化にちゃんと気がつく必要があると思います。

日本にはある意味素晴らしい習慣があって、神社とかお寺だと「額はこころざしでよろしいです」って言われる場合があります。この場合はお金を出す側は「う~ん、いったいいくら出せばいいのだ・・・」と悩むことになりますが、これはある意味では正しいやり方で、自分で価値を判断して渡すという、自分が受け取ったエネルギーで判断すれば良いということです。

お金には、さらにいろいろな意味があります。

お金は責任を発生させる

視点を変えますが、タダ、無料というのは実はいろいろな問題があります。これはサービスや物を提供する側にとっては「タダだから悪くても良い」「まあ無料なんだから」という甘えを生みます。提供を受ける側でも「タダだから、悪くてもしょうがない」「文句は言えない」など、その基準を大幅に下げてしまいます。その結果、エネルギーの交換も質が低下する場合が起こります。つまり、お金というのはエネルギーを数値換算するという以外に、責任を持つ、プロフェッショナルとしての質を維持するという効果があるのです。お金をいただくのだから、ちゃんとしたモノを提供しなければ、という良い意味の責任感が生まれるのです。もちろんボランティアという形態はあるのですが、そのときには提供する内容がいい加減にならないように意識的に留意する必要があります。しかし、お金が絡むとそれが自動的に意識させられるということです。

レイキに関係した話では、林先生は高田先生に無料で施術をしてはいけないと話していたそうです。これはやはり、自分のやることに対してはキチンと責任を持てという意味があったのではないでしょうか。また、師範や師範格になる場合に、多額の費用がかかったということですが、これは、その人が本当にプロとして活動してゆくという決意をさせるためと言われています。つまり、お金を払わずに安易な気持ちでプロになっても、ちゃんとした稼ぎが出来ない。お金を払ってしっかりとした決意を持つことで、結果的にはプロになってから、ちゃんと稼ぎが出来る、そして世の中のためにもなる。最初にお金を払ったほうが、最終的にお金を稼げるという、これもお金の効果の不思議な部分ですね。(もちろんお金を払わずにプロになっても真剣に取り組む人はいるでしょう)いずれにしても、その場の「対価」ということだけで、お金を考えると誤った方向へ行ってしまう場合があるのです。

お金には、もう一つ意味があります。

お金はネガティブなエネルギーも対象になる

初めに、エネルギーにはポジティブなものと、ネガティブなものがあるとお話ししました。ですので、実際にはエネルギーのやり取りとしては4種類があります:

ポジティブなエネルギーを送る
ポジティブなエネルギーを受け取る
ネガティブなエネルギーを送る
ネガティブなエネルギーを受け取る

エネルギーは2種類ありますが、お金は1種類なので、お金の場合はポジティブなエネルギーだけではなくて、ネガティブなエネルギーもその変換対象になります。これは「イヤなことを請け負う」「やりたくないことを請け負う」「迷惑料として受け取る」という使い方がされています。慰謝料というのはまさにその典型で、相手からネガティブなエネルギーをもらった事に対して、その相当分としてお金をもらうということになります。ポジティブなエネルギーと逆のお金の流れになりますね。でも、気持ち的にはこういったネガティブエネルギーの代償としてお金をもらう事で、精神的に納得したり、踏ん切りがついたり、諦めがついたりと、他のものでは出来ない効果というのがあります。面白いものだと思います。

お金そのものは罪はない

また、お金そのものに罪があるわけではなく、人間の限りない欲望、足ることを知らない不足感、枯渇感に問題があるのです。そういう場合は、お金と離れて、自分の周りに満ちあふれている無限の価値を持った様々なエネルギーに気がつくことも大切です。

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