みくさのみたから体験

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香りの森
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知らなかった

皆さん、「みくさのみたから」(三種之身宝) ってご存知ですか?
友人からこういう講習あるよって教えてもらうまで知りませんでした。「みくさのみたから」は一言で言うと日本の伝統的な療法の一つで、飯田茂実という人が、お婆ちゃんから伝えられた日本に昔からある療法です。何なの?って聞かれると、一言で言いにくいのですが、自力整体の一種、日本の太極拳、野口整体に似た内容、手当て療法もある、という感じです。「みくさのみたから」は大和言葉を使っているということで、言葉で聞いただけでは、それが何を意味するのか分かりにくいのです。

(写真は公開されてるページへのリンクです)

写真は http://heyevent.com/event/2ygcf7kxnfgzca/ より

「ちのみち」

「みくさのみたから」のエッセンスは、私達が理解出来る言葉で表現すると、身体や顔をランダムに動かして、身体をほぐす、気の流れを良くする、血流を良くするということをします。戦前の、太霊道の顕動法生氣自強療法の自己運動、そして野口整体の活元運動にとても似ています。それぞれにやり方が違いますが、自分の身体を伸ばしたり、運動して、緩める、力を入れる、気に流れを良くする、血流を良くするという点では酷似しています。「みくさのみたから」では、この運動のことを「ちのみちをとおす」といいます。「ちのみち」とは、「血の道」であり、「気の道」でもあり、「霊(ち)の道」でもあります。私が霊気の歴史を調べて、戦前の文献などにあたって、いままで文字だけで知っていたものを、実際に体験してみて、とても感慨深かったです。あっ~、日本では昔っからこういうやり方があったんだなぁ~って!

原点はあくび?

皆さん朝起きて、のびのび~ってします?手足を思いっきり伸ばして、あくびをするので顔が伸びて歪んで、「ワニャ~」って声にならない声が出ますね。これって、実は強壮作用がある。身体を活性化します。これを発展・拡張させたものと思えば、少し理解出来るかもしれません。

ちのみちとおす 体

この「ちのみちをとおす」運動なんですが、これがすべての鍵です。これ、文章で書いて説明するのが難しいのですが、自分で身体のランダムな動きをします。無意識ではないですが、意識して制御してはいけないのですね。ヒョロヒョロ、ニョロニョロ、パラパラ、くねくね、むにゅむにゅ、のびのび、ゴリゴリ、もにょもにょ、そういう動きを自分で制御しないようにランダムに、まあ頭で意識しないで動かす。僕はこういうのが大の苦手で(笑)、まだ開始まもなくの時に、飯田氏から「操作している!」と指摘を受けてしまいました。だから苦手だってば~!(T-T) まあ、後半はそれなりに出来るようになった気がします。普段動かさない部分を動かす、動かすことで身体が緩む、身体はとても温まります。

ちのみちとおす 目

この「ちのみちをとおす」運動の際には、眼も白目を剥いたり、普段動かさない動かし方をします。バカ殿みたいだったり、コロッケの物まねのようだったりもします。これを「いけ目」と呼びます。

ちのみちとおす 口

この「ちのみちをとおす」運動の際には、口も思い切り変化形にします。開いたり、つぼんだり、歪めたり。僕は自分でフェイササイズをしているの、少し動かしやすかったかもしれません。これを「いけ顔」と呼びます。

ちのみちとおす 唸る

この「ちのみちをとおす」運動の際には、唸ります。言葉ではなくて、「ウッ」「オェ」「ゲッ」「ア~」「オ~」というしゃべり声ではない唸り声を、これも意識しないでランダムに出します。普通の人の辞書には奇声という言葉がありますが、まあそれです。これは、丹田に効く感じがしました。これを「ちばり声」と呼びます。

ちのみちとおす 言霊

唸るのではなくて、言霊を使う場合もあります。この言霊は特殊なものではなくて「みんなげんき」のような単純な言霊です。しかし、実際には口をメチャクチャに動かしているので、普通の音声にはなりません。端からはこれも奇声に聞こえます。

(写真は公開されてるページへのリンクです)

写真は http://ionhousenara.blog.fc2.com/blog-category-4.html より

ちのみちとおす 全体として

ポイントは、理性的な身体の制御、タガを外す、ということです。普段私達は、無意識だったとしても、身体を一定の決まった使い方しかしません。それは、無意識にでも頭で制御しているからです。それによって、色々な凝りや不調が起こり、血流も悪くなり、可動範囲も狭くなります。この「ちのみちをとおす」は、それらのタガを外してしまって、身体を無政府状態にしてしまうのです。それで、いろいろな滞りがクリアーされる、そして力を抜いたときに本当の意味で緩むといことが起こります。

「みくさのみたから」を行う点で難しいのが、この「ちのみちをとおす」とい運動が、普通の人から見ると、まったく異常に見えると言うことです。奇声を上げながら、白目を剥いて、手足を乱舞する、身体をくねくねする、どう控えめに見ても、頭がおかしいか、発作が起こったか、タチの悪い宗教にしか見えません。もしも、これを公衆の面前で始めたら、10秒以内に半径50mの人がいなくなること請け合いです。最悪、救急車を呼ばれるかもしれません。まあ、法律には触れてないので、おまわりさんは手を出すことが出来ませんが。

この見かけの問題が、後で述べるように、施術という点で大きな足かせになると思います。たとえ説明を受けていたとしても、自分の恋人が、目の前で、ちのみちとおす運動をしたら、百年の恋も冷めてしまうのではないでしょうか(笑)

ちのみちとおす 良い点

小一時間講習を受ければ、自分で「ちのみちをとお」せるようになるし、技術的には難しいポイントはないように思います。「ちのみちとおす」は慣れてくれば、いつでも最短1秒間でも出来るでしょう。飯田氏はしゃべりながら、たまにクネとか、ポキとか、瞬間でちのみちをとおしていました。多くの〇〇運動というのは、一定の時間と場所が必要だったりしますが、ちのみちをとおすのは、一人でさえいれば、いつでもどこでも瞬時に出来る、歩いていても出来る、時間も決まった時間は無い、そういう意味ではとても使いやすいです。(しかし、他人の目のある所ではまず無理です!) たった一分でもやってあげれば、かなり温まりますし、ストレッチにもなるし、気の流れも良くなるので、ちのみちを日常的にとおしていれば、肩こりや腰痛が起こるなんてことは、ほとんど考えられないと思いました。

部分治療として

さて、身体全体としては「ちのみちとおす」で効果が出てきますが、部分的は治療はどうするのでしょうか。それは「みくさのみたから」ではかなり複雑なことをします。この講習でギックリ腰の人や、首がつらい人など、実際に治療を実施していました。それは、その患部に特に作用させるため、患者に特定のポーズをさせて、その状態でみくさ運動(ちのみちとおす)をさせます。このポーズは、患者に痛みの有無を聞きながら、いろいろなものを試して有効なポーズを探し出して、それでそのポースで患者にみくさ運動をしてもらいます。この色々なポーズをさせるのがかなり専門的な知識を要する感じでした。かなり複雑なポーズです。患者も当然みくさ運動を修得していなければ使えません。(この実演を見ながら、あ~、レイキすれば簡単に良くなるのに・・・と思いながら見ていました) 正直な感想としては、みくさのみたからは一般の普通のクライントの施術には使えません。仮に、患者がみくさ運動が出来たとしても、ポーズを指示する側がかなりの経験と知識を要求されます。

手当て 「たなそえる」

戦前の太霊道の顕動法生氣自強療法の自己運動などは、身体の運動を発生させて気の流れを良くしたあとに、手を当てることをしていました。みくさのみたからも、原理としては全く同じ感じですが、「みくさのみたから」では、手を当てながら「ちのみちとおす」つまりみくさ運動をします。まあ確かに、そうすると沢山の気が流れるのですが、これは実用的にはどうなの?という気がしました。もしかしたら「みくさのみたから」をやっている人達は、ただ手を当てているだけでは気が出ないと勘違いしているかもしれません。

受け手の人も「みくさのみたから」をやっていれば、問題は無いのですが、ちょっと想像してみて下さい。自分に手を当てている人が、隣で白目を剥いて、うめき声を上げて、ウニョウニョ動いていたら、ビックリ仰天してしまって、手を当てられるどころの話しではなくなります。ですから、これは一般の人に手を当てて使うというのは、たとえ家族でも不可能だと思います。

時間的にも、みくさ運動によって多くの気が流れるとはいえ、30分、40分と長時間みくさ運動をするのは無理があります。ですから、これを本格的な治療に使うためには、時間的・体力的にも無理があります。

気の違いが認識されていない

「みくさのみたから」では、気の種類が正確に認識されていないようです。私のレイキ講習でもお伝えしていますが、筋肉に力を入れるとその人の気が発生します。これは自分で太霊道の顕動法や、生氣自強療法の自己運動をやってみるとよく分かります。そして、もちろん「ちのみちとおす」をやってみてもよく分かります。そして、その発生した気はしばらくの間、身体に残ります。運動を止めて瞬時に無くなるわけではなくて、徐々に減衰していく感じです。

この力を入れるときに、具体的な意図を持って行うと、発生したエネルギーにも意図が乗ってしまいますが、みくさ運動では極めてランダムで無意識の動きをするために、その人個人の気ではあるが、ほぼニュートラルで意図のない気が生まれるのです。これはとても安全に使えるので、みくさ運動で発生する気は良質の気だといえます。もちろん、運動して発生させる気ですから、自分の体力は使います。緊張は緩みますが、筋肉を使う分の体力は使います。それが、発生する気になるのです。ですから、この部分の気はレイキとは違うものです

「みくさのみたから」で良く認識されていないのは、運動をしなくても気やレイキが出るという点です。第1に、運動直後なら、まだ自分の気が充満しているので、みくさ運動をしなくても、ある程度の時間は多くの気を流すことが出来ます。第2に、みくさ運動(ちのみちとおす)をしたあとは、身体の気に流れが良くなるので、少し時間が経過しても、そのまま当てているだけで良い量のレイキが流れます。 手を当ててるときは必ず「ちのみちとおす」をしていましたので、こういった点が認識されていないように見受けました。

レイキが誤解されている

この講習の飯田茂実氏の話しの中で、レイキという言葉は2回出てきました。しかし、残念なことに誤解して理解されています。「たなそえる」の際に、「これは、レイキのように出すのではなくて、自然に流れるのですよ~」って言ってました。イヤイヤ、レイキは出すものではないのですと講習では口を酸っぱくして言っているのですが、一部の誤ったやり方をしている西洋レイキの人達のせいで、世間のあちこちでこういった誤解をしている人が少なくないのです。とっても残念でした。「あなたが何もしないで手を当てれば、それでレイキが使えるのですよ」と伝えたかったです。

また「たなそえる」の際に、ちのみちとおしながら隣の人のに手を当てて、「アチューメントしなくても、こうやって治せるんですよ」って言ってました。これもレイキ講習で、アチューメントしなくても自然にレイキが使える人は少なからずいますって、お伝えしていますよね。あと逆に、アチューメント1回受ければ、みくさ運動しなくても、誰もでちゃんと人は治せますって言いたかったです。

病腺・ヒビキの感知はない

飯田茂実氏は自身では「相手の悪い箇所は何となく分かる」と言っていましたが、「みくさのみたから」では、レイキのヒビキや病腺のように、正確に相手の悪い箇所、そしてその部分の状態を把握する技法はないようです。これは、治療法としては、とても大きな弱点になります。私の思うに、みくさ運動をやりながら、そういった精妙なヒビキや病腺を感じ取るのは、物理的に難しいという制約のため、気がついていないのではないでしょうか。例えば、自己運動を使っても、普通に手を当て使う生氣自強療法では、病腺を感じる技法に気がついていました。

まとめ

以上、ネガティブな見解も多く書きましたが、

【1】 「みくさのみたから」は身体全体の自力整体としては非常に良いのではないでしょうか。みくさ運動(ちのみちとおす)は、一人であれば!(笑)いつでもどこでも瞬時に短時間でも効果が出るので、非常にお手軽。修得も1時間も習えば十分です。私もこの講習のあと、ちょっと身体を温めたいという時に使って、効果を実感していますし、もし大病になったら一生懸命やると思います。

【2】 ただ、みくさ運動の見かけ上、誰にでもお勧めするというのは、難しいです。命に関わる病気の人には是非!と薦めると思いますが、ご本人の意識が高くないと、受け入れにくいでしょう。セラピーとか療法とかって、これは個人の美意識の問題かもしれませんが、やはり美しくあって欲しい。上手なセラピストの動きというのは見とれるほど美しいものです。僕にはまだ、美しく見せたいという煩悩があるのだと思いますが(笑)「みくさのみたから」はそれとは対極だと思います。

【3】 個別箇所の治療では、ケースバイケースで特別なボーズをしながら、みくさ運動をさせますが、そのポーズの選択や試行錯誤の点が、経験と知識が必要で、かなり玄人でないと対応が難しい感じです。もちろん、治療を受ける人も「みくさのみたから」を習得してないといけないです。熟練者が仲間内を治療するときだけ可能だと思います。(ただ患部に手を当てればよいというレイキが、知識のない人でもどれほど使いやすいか痛感です)

【4】 「たなそえる」では、みくさ運動をしながら行うので、これも仲間内の治療にしか使えません。「みくさのみたから」を知らない一般の人あるいは家族に使ったら、皆逃げて帰ってしまいます。

以上のように、「みくさのみたから」は自己整体としては、極めて優れた点を持っています。自分で自分の身体を良くしたい人には、とってもお勧めです。しかし、一般の人の施術に使うのは実質的に不可能です。

「みくさのみたから」の今後

以下は、完全に私の個人的印象、個人的コメントとして読んで下さい↓
継承者の飯田茂実氏は、まだ考え方が若いと思いました。自分の理想があって、相手をその理想に引き込むことは出来ても、自分を相手に合わせたり出来ない感じです。「最近は治療はあまりやりたくない、相手を依存させてしまうから」と言っていましたが、それは相手に依存させないで治療を進めるやり方を知らないせいでしょう。彼は、相手に寄り添うことが出来るセラピストタイプではなくて、アーティストタイプ、カリスマタイプだと感じました。参加者から相談を受けているときにも、相手のつらい部分に共感するということは出来ていませんでした。また、社会性や規則、ルールなどが嫌いなようで、これは「みくらのみたから」の在り方とも関係しているのかもしれませんが、アナーキ、アングラ的な印象が強かったです。良いものは草の根運動で必ず広まっていくと、信じているようでした。

今現在は「みくさのみたから」は飯田茂実氏の求心力で進んでいるように思いますが、彼がやる気を無くしたり、引退したらどうなるか分からないと感じました。世代を超えて残すためには、もう少しシステマティックなやり方をしたほうがいいようにも思いました。それは「みくさのみたから」の方向性とは違うかもしれませんが、このような戦前から続いている日本古来の生きている療法が、今後も継続して残っていくことを強く切望いたします。

以上、私のセラピストとしての感想を書かせて頂きました。まだ一回しか参加していませんから、誤解している部分もあると思いますので、みくさのみたから関係者の方で、それは誤解しているよ~という点がありましたら、是非指摘して頂くとありがたいです。

最後に たぶん自発的には行かなかったであろう
この講習に誘ってくれた友人に心より感謝いたします♡

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