雑感: 出来ない自分に向き合う

武蔵野市境南町5-3-26
 0422-34-7445
  お問合メール
香りの森
雑感一覧に戻る

年齢が進むと

弓道を2年半ぐらいやっています。これは最初は、何か純粋に日本のものをやってみたいという目的だったのですが、やってみるといろいろな気づきがあります。
その一つが「出来ない自分と向き合う」ということです。

人間誰でも40代になってくると、特に男性は、社会的な地位や立場も確立して、仕事に対する習熟度も上がってきます。「自分が出来ること」というのが確立して、それがプロフェッショナルなレベルにまで高まっていることもあるでしょう。僕自身は、物理の実験畑を歩いてきましたから、土木作業以外は何でも出来るスキルが確立していました。ですから、自分の中で「出来る自分」というのが確立していました。それが人によって多い少ないはあれ、社会人としていっぱしの給与をもらえるというのは、そういうことだと思います。

まあ、それはそれでいいことなんですが、私自身そして他の人を観察して感じたのは「出来る自分がある故、年齢が進むと、出来ない自分に向き合おうとしなくなる」傾向が見られることです。自分で得意なものは、ちょっと楽しんで取り組むけれども、自分が得意でないものは自然に避けてしまいす。「僕はこれは苦手だから」「私はこれは不向きだから」「私は遠慮しておきます」など。得意な自分にある程度満足しているために、あえて不得意分野に手をつけることを避けて行く傾向があります。

多分、[ 精神的に年を取る ] = [ 出来ない自分を避ける ] という方程式が成り立つと思います。精神的に年を取った人は、死ぬ間際には「出来る自分」だけの思い出に浸って死んでゆく、(特に男性は)そんなふうに思います。昔の自慢話をするというのはそういうことですよね。

僕自身、人にもの教える立場にあるので、感じることがありますが、人によっては大した努力もしないうちに早々に「これは自分には向いていない」って撤退してしまう人がたまにいます。これが、非常に危険なことなんですね、「出来る自分」が大好きで、「出来る自分」ばかりを求めてしまうと、もうちょっと努力すれば上手く行くのに、その手前で止めてしまう人がいます。

年を取ってゆくと、皆さん出来ることが徐々に減ってゆくと感じていますが、「出来る自分」ばかりを求めていると、それは自分の領域を徐々に狭めてゆく事になるので、年とともに出来ないことが増えていってしまう。そういうことが起こるのではないでしょう。何かを提案されても「あれもイヤだ」「これもイヤだ」「自分には合わない」「私向きではない」そういう傾向に陥ってしまう人がいます。

他によく目に付くのは、パソコンがいじれない、仕事で必要なのにHPをいじれない女性です。勉強したんだけど、どうしても上手く行かないという話は滅多に聞きません。最初から皆さん諦めてしまっていますよね。あとは、男性の料理とか家事でしょうか。俺には出来ないという男性も多いのではないでしょうか。こういう特にプロフェッショナルな水準を要求されているのではないのに、初めっから諦めてしまう人のなんと多いことか。まあ「面倒」なんでしょうね。

僕の場合は「出来ない自分」が当面2つあって、一つは筆書きです。もう一つは弓道です。元々、左利きというハンディがあるのですが、嫌と言うほど「出来ない自分」に対峙しなければいけません。弓道のほうは、さらに元々猫背だったので、まずそれを矯正することに1年半ぐらいかかりました。このときに気がついたのですね「あ~、この15年ぐらい、出来る自分だけと付き合ってきたなぁ」って。それで、周りも観察してゆくと、出来ない自分を避けてしまう人というのがチラホラ分かるようになったり、精神的に年を取ることの意味が分かったりしました。

もちろん、出来ない自分と向き合うのは限度があるかもしれません。しかし、最初から向き合うことを避けてしまったり、その限度を自分で低く設定してしまったり、というのはもう精神的な老化現象、死ぬための準備ではないかと思います。

雑感一覧に戻る
香りの森とは レイキ講習
お申込み ヒーリング

Page Top