雑感: 病気は怖いもの?

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病気は怖いもの?

「病気を怖い」とか「病気は邪悪」という印象を持たれる場合があると思います。レイキマスターやヒーラーの中には積極的に病気は邪悪だとか、結界を張らないとイケないとか、ネガティブなことを教える人もいます。病気には人を死に至らしめるものもありますので、この様な印象が生まれても仕方のない面もあるとは思います。

実は病気は生と死と同じように、小さなものは私たちのまわりに日常茶飯に起こっていることです。生死で言えば、細胞や菌のレベルになれば毎日膨大な数のものが生まれて、また膨大な数のものが死んでゆきます。生きものレベルでも小さいものになれば生と死は普通の営みとして行われます。私たちの体はまったく病気をしないように作られているのではなく、病気が起こったら治るように作られています。体の不調や疲れ、それは病気の始まりです。マクロなレベルで病気が起こっているのです。細菌やウイルスはどんどんどんどん体内に入ってきています。免疫細胞がそれと戦っているので、必ずしも病気としては出てきませんが、毎日体の中で膨大な戦闘が行われているのです。小さい病気は私たちの体で毎日起こっていることです。通常は自己治癒力が働いて表面化しないだけです。それから、病気は起こらなければなりません。つまり体が病気を治すためには、体が病気の状態を経験していなければ対応の仕方を生理的に学習できません。(遺伝子レベルでこれを知っている場合もあれば、後天的な免疫として身につける場合もあります)たまに体が病気を経験することで、それを直そうという自然な訓練になるのです。消防訓練をしていないのに、いざ火事になっても体はどうしたらよいか分りません。普段、消防訓練をしているからいざというときに病気に対処できるのです。整体を生み出した野口晴哉さんの本で「風邪の効用」というのがあります。風邪を引くことは体に良い作用があるという考えです。

それから病気は私たちにたいする体からのメッセージです。私の体は環境や食べ物が自然であれば、また社会的な環境が良好であれば、自然に病気を治せるように作られています。自然に直せなくなってしまったときは、それは何か生活の中(ものの考え方も含め)に問題があることを教えてくれているのです。ですから、病気になったときは「これはありがたい、自分が気がついていない何かを教えてくれようとしているのだ」と受け止めて、病気から学ぶ姿勢が必要であると思います。

レイキを実践していると、強いヒビキを感じて心配になるかたもいます。「怖い」「邪悪」等の心配が起こる場合もあります。まず、私が強調したいのは、ヒビキを感じることが出来るのは「人の辛さや痛み」を理解できるということです。そもそも他人の辛さや痛みを感じることは、非常に難しいことです。それが少しでも出来るようになると言うことは、それはとんでもなく素晴らしいことなんです。レイキを習った奥様が、普段から「疲れた」とか「辛い」とか嘆いているご主人のヒビキを強く感じて、「あー、普段から口に出していることは本当なんだ」と感覚的に実感でき、ご主人への理解が変るという例もあります。私がレイキをしていて、強いヒビキを感じると「あー、そうなんだ・・・」と「うーん、そうか・・・」と相手の状態への理解が起こります。

また、「悪いものをもらう」という考えや言い方をする人がいますが、それはその人が相手や病気に対する恐怖心を持っていて、自分に対して自己暗示をかけてしまう場合がほとんどです。また、健康であるということと病気であるということに絶対的な違いがあると勘違いしてる部分もあるでしょう。相手と自分は違っている、病人は別物だ、という認識は誤解を生みます。病気という現象ばかりに着目していると、その状態になっている本人のことを忘れてしまいます。病気、病気と意識してばかりいると、その病気になった人を特別視して、場合によっては差別に繋がります。「こんな病気を持っている人はイヤだー、近寄りたくない」と感じるのは、その人そのものを見ていないのです。病気と健康に絶対的な分断があるわけではありません。病人と自分にも絶対的な分断があるわけでもありません。病気をみるのではなく、その状態になってしまっているその人そのものを見るようにするべきでしょう。

病気そのものに邪悪性があるのではないでしょう。その病気を起こす、原因となった私たちの考えや行動にこそ邪悪性があるのではないでしょうか。この世の中で何が一番怖いか、何が邪悪かというと、人間の考え、恨み、行動、そういったものが何よりも怖いのです。幽霊とかを怖がる前に人間の邪悪性のほうがよっぽと怖いと思います。そして、病気は邪悪だと教えて、他人に恐怖心を起こすその行為や考え方そのものに邪悪性があるのです。もちろん、病気には人を死に至らしめるものもあります。しかし、その場合も恐ろさはその病気そのものではなく、その病気に至らしめた考え方、行動、環境、社会の歪みなどなどにあるのではないでしょうか。

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