霊気の始まり

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霊気以前の手当療法

霊気以前にもいわゆる手当療法的な手法は太古からあったようですし、世界の色々なエリアであったようです。続きを読む・・・「霊気以前の手当療法」

 戦前

霊気の始まり

臼井甕男臼井甕男 霊気は臼井甕男(ウスイミカオ 1865-1926)先生が1922年に京都の鞍馬山にて断食修行を行なって見つけ、霊気治療として確立しました。実は臼井先生のこの1922年以前の事は詳細には分っていません。臼井家というのは平安時代から鎌倉時代に活躍した武将で千葉一族を祖先としていたということがわかっています。臼井先生は非常に多くの職業に就いたり、海外に渡航したりと多くの人生経験を積んでいた事は間違いないと思いますが、伝記のような物は存在していません。また霊気を見つけてから翌月には、治療所や学会を立ち上げていることから、すでにそれ以前から何らかの考えがあったのではないかと私は想像しますが・・・。臼井先生の写真は非常に少なく、ここに載せている二種が一般に知られているほか、20名ほどのお弟子さんと亡くなる数ヶ月前に撮られた写真しか見たことがないです。

 1922年3月 鞍馬山での断食修行で霊気を感得。
 1922年4月 原宿に臼井霊気療法学会を設立し、霊気治療、公開伝授を行う。
 1924年2月 東京中野に移転拡大し、治療や指導を継続する。
 1926年3月 3月9日、広島県福山にて62歳で病死。

臼井先生が鞍馬の修行でレイキを感得してから、治療を始めるまでは一ヶ月ととても短いです。これはすごい早さだと思うのですが、何か悟るところがあったのでしょうか、以前からそう言ったことを考えておられたのでしょうか、その辺の所は知りたいと思いました。Fran Brown (著)「Living Reiki: Takata's Teachings」によると高田先生(後述)が伝えたところによると臼井先生はかなり前からキリストや仏陀が行なったヒーリングを実現する方法を探していた記述がありますが、これは実際にはこういった事実は全く確認されていません。そもそも、臼井先生の霊気発見以前の行動は、転職を繰り返して、悟りを目指して禅寺に入って3年の修行をして、断食を決意したわけですから、高田さんの伝えている内容とは根本的な方向性が違います。

1922年ワシントン会議で海軍軍縮条約
1922年グリコ」設立
1922年4月 日賀志屋(現=ヱスビー食品)が創業
1923年9月 1日 関東大震災
1924年1月18日東京市営の乗合バスが営業を開始
1925年3月29日普通選挙法成立
1925年4月22日治安維持法公布
1925年明治コナミルク、キユーピーマヨネーズ、ミルクキャラメル
1925年松下幸之助が初めて「ナショナル」の商号を使用
1926年労働農民党結成、社会民衆党結成、日本労農党結成
1926年豊田、日本放送協会、東レ、キンカン、ミルクチョコレート

(臼井先生が活躍された時代は治安維持法が成立したとはいえ、ホノボノとした時代であった事が伺えます。日本の諸産業の黎明期になっていたようですね。)

当時の日本

明治~大正~昭和初期の戦前の日本については、非常に多くの点が誤解されている部分があると思います。続きを読む・・・[当時の日本]

当時の霊気

どういう経緯だったのか興味がありますが、霊気は当時の海軍の中で認知を得ていたようです。続きを読む・・・[当時の霊気]

霊気を元にした諸派

このほかに、臼井霊気をベースにした手当療法として「手のひら療治研究会」を始めた江口俊博氏、「富田流手あて療法」の富田魁二氏などがありました。続きを読む・・・[霊気を元にした諸派]

霊気と鞍馬

臼井先生が霊気を見つけた鞍馬・鞍馬寺はレイキの業界では特別なステータスがあるように思います。しかし、続きを読む・・・[霊気と鞍馬]

臼井霊気療法学会

学会は臼井先生が霊気を始めた当初より作られた非常に歴史の古い組織です。続きを読む・・・[臼井霊気療法学会]

戦争への道

戦争のことはたぶん、レイキの書籍に記されているよりもはるかに重くのしかかっていたと思います。続きを読む・・・[戦争への道]

林忠治郎先生

林忠次郎先生(1879~1940)は神奈川県出身で、西洋への霊気の伝搬はこの林先生が、ある日系ハワイ人の女性を弟子として育てたことで起こりました。続きを読む・・・[林忠治郎先生]

西洋への伝搬

霊気をハワイへ伝え、その後全世界に広まるきっかけを作ったのはハワイの日系二世の高田はわよ先生でした。続きを読む・・・[西洋への伝搬]

 戦後

戦後の高田先生

高田先生が戦時中、そして戦後どのように霊気・レイキを行なっていたのかという記録はありませんが、続きを読む・・・[戦後の高田先生]

西洋レイキ

高田先生自信は伝統霊気を習得していたのに、お弟子さんに伝えていったレイキは多少味付けの違うものになっていました。続きを読む・・・[西洋レイキ]

高田先生の教え

高田先生→22人のマスターとレイキが伝わったときに、どのような技法が伝えられずにいって、どのような西洋レイキの要素が付け加わっていったのか、続きを読む・・・[高田先生の教え]

高田先生 VS 臼井霊気療法学会

歴史を調べて感じたことで、とても印象に残ったのは高田先生が伝統霊気を修正し普及させたことと、かたくなに伝統?を守る臼井霊気療法学会の対比でした。続きを読む・・・[高田先生 VS 臼井霊気療法学会]

日本の西洋レイキ

日本に最初に西洋レイキが逆輸入されたのは、ニューヨーク在住ジャーナリストでアメリカレイキ団体 Radiance Technique のレイキティーチャーの三井三重子氏でした。続きを読む・・・[日本の西洋レイキ]

レイキと霊気の統合・比較

アメリカで広まった高田先生を元にした西洋レイキは、少しづつ進化しながら世界中に広まってゆきました。しかし、その一方で伝統的な霊気がどのようなものであったのかという疑問は、続きを読む・・・[レイキと霊気の統合・比較]

もしも、上記の内容で、お手持ちの資料やご存じの史実と違うということがありましたら、ご指摘して頂けるとありがたいです。ただ、多くのというか、ほとんどの書籍は単に既存の本やネットの孫引きで、本当の歴史的資料ではありませんので、注意してください。霊気・レイキの歴史で、本当に自分の足を使って史実を確かめられているのは、今のところ Frank Petterさんと、土居裕先生だけだと思います。そのほかに、臼井霊気療法学会の作ったものが、いくつか流出しているのがあります。私も今は日常の業務が忙しすぎて、歴史を探索する時間がありませんが、いつかそういうことを是非やってみたいです。

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