霊気以前の手当療法

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香りの森

霊気以前の手当療法

霊気以前にもいわゆる手当療法的な手法は太古からあったようですし、世界の色々なエリアであったようです。日本ではおそらく陰陽師の時代に医術、禁厭(まじない)としてそう言った物があったようですし、古神道の中にも出てくるようです。この辺の情報はまだ勉強不足で、今少しづつ資料を集めておりますので、分ってきましたらここに書き加えてゆきたいと思います。

霊気以前の手当療法で、もっとも大事な点は、修行を積んだ偉い人とか、悟りを開いた人がやるものという理解であったということです。霊気・レイキというものは「誰にでも生まれつきその能力が備わっている」というのは、重大で根本的な認識の転換です。さらに、霊気以前の手当は、ほとんど必ず宗教的なものと結びついていました。臼井先生の霊気では、霊気は宗教的なものとは切り離されて確立しています。そして、臼井先生が開発した霊授によって、簡単に誰でも霊気を使うことが出来るようになった、というのはこの分野での画期的な大転換だと思います。こういった点を明示すると

霊気とそれ以前の手当療法との違い
聖人でなくても、誰にでも出来る
宗教とは関係ない
簡単な講習で伝授できる
気功的な人の気は使わない
世代を超えて技術が伝承される

これらの点は、霊気とそれ以外の手当療法を明確に区別し、臼井先生の確立した「心身改善臼井霊気療法」がまさに世界で初めてのものあったという事が出来ます。

一部の欧米人が書いたレイキの書籍に「レイキはチベットが起源である」という表記があり、他の書籍も無責任にこれを引用コピーして使っているものがありますが、これはとんでもない誤解です。まず、この記述の根拠となるなんからの証拠や文献を示した著者は一人もいません。また、伝統霊気を知ると、霊気の根本的な思想や世界観は非常に日本的なものであることがわかります。実は「チベットが起源」というのは外人の梵字に対する誤解から生じています。霊気では、そのテクニックの一つとして梵字から加工した「印」あるいはシンボルを使います。この梵字は古くをたどればサンスクリットから来ているので、それでチベットが発祥だろうと誤解したものと思われます。梵字の図形的な要素はもちろん日本に入ってきた確立したものですから、逆に日本に根付いたものといえます。

一つ、霊気の歴史をリサーチしていて感じることは、日本は国家として自己否定を行なったのが二度あるということです。一つはもちろん太平洋戦争の敗戦・戦後です。しかし、もう一つは実は明治維新というのは、旧来の江戸時代の日本の自己否定であったと思います。西洋的なキリスト教的な価値観を導入して「近代」国家になろうとしたトップダウンの改革だったわけですが、その過程で自己否定の部分がかなりあったと思います。まだ、十分なリサーチが出ていませんが、「1882年 明治政府が、医療服薬を行わず禁厭祈祷のみを行う治療術を禁止する」というのを見つけました。まあ、当時としては西洋的な近代的な政策といえますが、(良い悪いは別にして)逆に言えば当時は実は政府がそいうおふれを出すぐらいに、民間では禁厭祈祷が真面目に受け入れられていたという事ですね。

霊気の歴史を学ぶということは、それ自体の意味もありますが、日本の古来からの良い文化を学び、過去に行なった「自己否定」を癒してゆくという面があると思います。

 戦前

霊気の始まり

霊気は臼井甕男(ウスイミカオ 1865-1926)先生が1922年に京都の鞍馬山にて断食修行を行なって下山するときに見つけ、霊気治療として確立しました。続きを読む・・・[霊気の始まり]

当時の日本

明治~大正~昭和初期の戦前の日本については、非常に多くの点が誤解されている部分があると思います。続きを読む・・・[当時の日本]

当時の霊気

どういう経緯だったのか興味がありますが、霊気は当時の海軍の中で認知を得ていたようです。続きを読む・・・[当時の霊気]

霊気を元にした諸派

このほかに、臼井霊気をベースにした手当療法として「手のひら療治研究会」を始めた江口俊博氏、「富田流手あて療法」の富田魁二氏などがありました。続きを読む・・・[霊気を元にした諸派]

臼井霊気療法学会

学会は臼井先生が霊気を始めた当初より作られた非常に歴史の古い組織です。続きを読む・・・[臼井霊気療法学会]

戦争への道

戦争のことはたぶん、レイキの書籍に記されているよりもはるかに重くのしかかっていたと思います。続きを読む・・・[戦争への道]

林忠治郎先生

林忠次郎先生(1879~1940)は神奈川県出身で、西洋への霊気の伝搬はこの林先生が、ある日系ハワイ人の女性を弟子として育てたことで起こりました。続きを読む・・・[林忠治郎先生]

西洋への伝搬

霊気をハワイへ伝え、その後全世界に広まるきっかけを作ったのはハワイの日系二世の高田はわよ先生でした。続きを読む・・・[西洋への伝搬]

 戦後

戦後の高田先生

高田先生が戦時中、そして戦後どのように霊気・レイキを行なっていたのかという記録はありませんが、続きを読む・・・[戦後の高田先生]

西洋レイキ

高田先生自信は伝統霊気を習得していたのに、お弟子さんに伝えていったレイキは多少味付けの違うものになっていました。続きを読む・・・[西洋レイキ]

高田先生の教え

高田先生→22人のマスターとレイキが伝わったときに、どのような技法が伝えられずにいって、どのような西洋レイキの要素が付け加わっていったのか、続きを読む・・・[高田先生の教え]

高田先生 VS 臼井霊気療法学会

歴史を調べて感じたことで、とても印象に残ったのは高田先生が伝統霊気を修正し普及させたことと、かたくなに伝統?を守る臼井霊気療法学会の対比でした。続きを読む・・・[高田先生 VS 臼井霊気療法学会]

日本の西洋レイキ

日本に最初に西洋レイキが逆輸入されたのは、ニューヨーク在住ジャーナリストでアメリカレイキ団体 Radiance Technique のレイキティーチャーの三井三重子氏でした。続きを読む・・・[日本の西洋レイキ]

レイキと霊気の統合・比較

アメリカで広まった高田先生を元にした西洋レイキは、少しづつ進化しながら世界中に広まってゆきました。しかし、その一方で伝統的な霊気がどのようなものであったのかという疑問は、続きを読む・・・[レイキと霊気の統合・比較]

霊気と鞍馬

臼井先生が霊気を見つけた鞍馬・鞍馬寺はレイキの業界では特別なステータスがあるように思います。しかし、続きを読む・・・[霊気と鞍馬]

もしも、上記の内容で、お手持ちの資料やご存じの史実と違うということがありましたら、ご指摘して頂けるとありがたいです。ただ、多くのというか、ほとんどの書籍は単に既存の本やネットの孫引きで、本当の歴史的資料ではありませんので、注意してください。霊気・レイキの歴史で、本当に自分の足を使って史実を確かめられているのは、今のところ Frank Petterさんと、土居裕先生だけだと思います。そのほかに、臼井霊気療法学会の作ったものが、いくつか流出しているのがあります。私も今は日常の業務が忙しすぎて、歴史を探索する時間がありませんが、いつかそういうことを是非やってみたいです。

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