林忠次郎先生

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香りの森

林忠次郎先生の著書かもしれないものを発見しました。これは一般の書籍ではなく、海軍の運用術練習艦というものがあって、その帆布具のメンテナンスためのマニュアルです。運用術練習艦というのは一線を退いた軍艦で、訓練用の艦らしいです。霊気とはまったく無関係です。
 

20cmぐらいのホッチキス綴じ?で、表紙には「石田」というハンコがあり、中はわりとキレイですが、書込み・数値や文章の訂正のインク書きがあり、これはその石田さんか誰かが実際に勉強に使っていた物と思われます。

表紙裏には、上のように林忠次郎先生と思われる名前が起稿者として入っています。肩書きは海軍大尉です。明治43年(1910年)というと、林先生(1879~1940)は31才になります。退役時は47才、大佐ですので矛盾はありません。(海軍のランクは兵曹長→海軍少尉→海軍中尉→海軍大尉→海軍少佐→海軍中佐→海軍大佐)

ここで運用術練習艦長になっている「荒西鏡次郎」というのは、下総相馬氏という武家の名門の子孫で海軍少将で、戦艦富士などの艦長を務めています。「高橋良司」は最終的には海軍少将になります。「境吉次郎」はネットでデータがありません。「原井雄一」は広島出身で後に海軍少佐になります。

この本はある大学のデーターベースで見つけた物ですが、もともと水産関係の研究者である羽原又吉博士(1882~1969)の蔵書だった物です。まったく理由は分りませんが、羽原博士が誰かからもらい受けた物かもしれません。本来は、これは海軍のマニュアルですから一般には出て行かない物ですが、運良く民間の本棚に保存されていたようです。羽原博士の亡くなったのが「大分県直方郡久住町石田」とありますが、このマニュアルの持ち主の石田と無関係でしょうか?

霊気としてはなにも新しい情報はないですし、このマニュアルの起稿者が林先生という確認は取れないですが、海軍には同姓同名はいないので、ほぼ間違いないでしょう。

海軍の資料とか情報とかは、なかなかアクセスしにくいですが、実は最近データベース化されている部分もあります。「アジア歴史資料センター(アジ歴)」です。これは国会図書館の検索にもリンクしています。これを使って、「林忠次郎」で検索するといくつか資料が出来ています。しかし!、意味のあるものではありませんでした。現在出てくるのは、観桜会,観菊会の参加者の名簿録です。これも一応は海軍省の公文なのです。例えば、

の様に昭和9年の観桜会にご夫人と一緒に参加されています。これじゃー、役には立ちませんね。検索するには、その文字がコンピューター入力されていないといけないわけですので、闇雲に資料を見て行くしかない状態です。「霊気」や「靈氣」で検索しても何もありませんでした。他の、海軍関係者の名前で検索しても有用なものは出てきませんでした。こういった実際の資料は恵比寿の防衛省防衛研究所にあり、当時の資料が閲覧できるようですので、どなたか頑張ってみませんか?ただ、何を手がかりにしていったらよいのかが難しいですが。

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